成道の地 ブッダガヤ




まえがき

インドの仏跡を巡礼しようと思い立って調査と準備を重ねて半年、初めてインドに足を踏み入れてから35時間。 2008年2月17日午前5時。仏教遺跡巡礼の旅、第一に選んだのは、世界遺産 ブッダガヤの大菩提寺である。
ここインドには、欧米や中国とはまったく異なった世界が広がっていた。今までの一人旅の常識が通用しない世界があった。 食あたりに注意、スリに注意、欺されないように注意、山賊に注意などの不安。何を食べればいいのか、どこからバスに乗ればいいのか、 運賃を幾らに値切ればいいのかなどの心配。
いざ、寺院の境内に佇んでいると、そこは信仰と祈りの世界であった。7世紀に玄奘三蔵が踏破した世界であった。

苦行林

お釈迦さまが、出家してから、苦行を重ねたところで、老木とヒンドゥー教の祠、そして井戸がある。 マハーボディー寺院からナイランジャラ(尼蓮禅)河対岸の河川敷にある。ガイドの案内とオートリクシャーでないと行けないようなところである。


老木のそばには、ヒンドゥー教のバラモンがいて、寄進を勧めてくる。ガイドから絶対にやってはいけないと言われていた。


お釈迦さまが、水行を行ったと伝えられている井戸。深さは4mほどで水はない。

スジャータの供養

お釈迦さまは6年と長きに渡る苦行を無益とし、衰弱していたところに、 村娘のスジャータから乳粥(Milk rice)を供養され、精気を取り戻した伝えられている場所である。 ヒンドゥー教の寺院の隣にひっそりと祠があり、コンクリート製の仏陀とスジャータの像がある。


オートリクシャーで河川敷のような悪路を走り、さらに徒歩で田んぼのあぜ道を通って行くと、白い三角屋根の寺院がある。


SIDDHARTHA FREE CHILDREN EDUCATIONAL CENTERが併設されていて、 恵まれない子供のための自由教育センターとなっている。


ガイドのムハンマドさんに案内されて、靴を脱いで入ると。


痩せこけたお釈迦さまの像、左にスジャータ像、右はお付きの娘の像がある。 この姿からスジャータは裕福な家庭の娘として表現されている。


反対側には、精気を取り戻してふっくらしたお釈迦さまの像がある。


祠のそばには、バーニヤンの木がそびえ、千仏のストゥーパがある。

前正覚山の留影窟

前正覚山とは、正覚を取る(さとりを得る)前に登った山という意味で、 ここから、ラージギルの霊鷲山の先まで続く小さな山脈の南東端に当たる。
この洞窟で、覚りを開こうとしたお釈迦さまは、対岸の金剛座を勧められる。 この話は、玄奘三蔵著:水谷 真成訳注:「大唐西域記(2)」(平凡社)に詳しい。


マハーボーディ寺院からナイランジャラ(尼蓮禅)河対岸の前正覚山を望む。


とにかく悪路をオートリクシャーで進む途中の村で、しばし一休み。ガイドのムハンマドさんと、オートリクシャー。


車を降り、坂を登る。


崖の下にチベット寺院が見えてくる。仏教の五色の小旗がなびいている。


タイの信者が子ども達に小銭をまいて喜捨している。その小銭は、麓に両替商が立っていて、そこで、両替できる。 多分、子ども達が拾った小銭は循環し、両替商に懐に落ち着くのだろう。


チベット寺院の境内の崖に洞窟があり、人が入ろうとしている。


直径3mほどの広さの内部に仏陀像があり、ロウソクの熱気と煙りに満ちている。 この像はラホール博物館蔵の釈迦苦行像のレプリカである。 午後になるとこの中は熱気に包まれるので、参拝は、午前中が望ましい。

ブッダガヤ 大菩提寺(マハーボーディ寺院)

高さ52mのマハーボーディ寺院は仏陀が覚りを開いた仏教の聖地ブッダガヤーに建ち、紀元前3世紀頃アショカ王が寺院を建てたのが起源になり、7世紀ごろ現在の形になったと言われている。 マハーボーディー寺院の裏手には仏陀が瞑想を行った菩提樹があり、仏陀が座した場所には金剛座がある。
仏陀は覚りを開いた後、次の七週間に渡って、ここに留まった。
第一週. 菩提樹と金剛座
第二週. アニメーシャローチャナ・ストゥーパ
第三週. チャンクラマ・チャイティヤ
第四週. ラトナグラハ・チャイティヤ
第五週. アジャパラ・ニグローダ樹
第六週. ムチャリンダ池
第七週. ラージャヤータナ樹(Rajayatana)
その後、初転法輪の地 サールナートへ向かった。


朝日に映える大菩提寺


寺院内部は狭いが、そこに黄金に輝く本尊がある。各国の僧侶や信者がそれぞれに読経している。


右繞(右回り)する信者たちは、「ブッダム サラナム ガッチャーミ」「ダンマム サラナム ガッチャーミ」「サンガム サラナム ガッチャーミ」(仏陀に帰依し奉る、法に帰依し奉る、僧に帰依し奉る)と称えている。
寺院の壁面には仏陀像のレリーフが一面に施されている。


寺院裏手(西側)の菩提樹の下には、仏陀が覚りを開いたとされる金剛座がある。 麻原彰晃が勝手に座ってから厳重に柵が作られてしまった。


柵越しに金剛座が見える。


チャンクラマ・チャイティヤの看板には「仏陀は第三週目をここで歩き回りながら瞑想して過ごした。その足跡を蓮華で示してある」とある。


寺院の北側に長さ20mほどの台があり、そこに石造の蓮華が並んでいる。


蓮華には、信者が貼った金箔が。


ラトナグラハ・チャイティヤの看板には「仏陀は第四週目をここで経(Patthana)や真理(causal law)を映す瞑想して過ごした」とある。


ラトナグラハ・チャイティヤ


寺院入口の階段を下りたところにあるアジャパラ・ニグローダ樹。看板には「仏陀は第五週目をここで」とある。現在、枯れて樹はない。その代わりに石柱が立っている。


ムチャリンダ池。仏陀は第六週目をここで過ごされた。インドの池はみな方形である。


コブラに守られた仏陀の像が池の中央にある。


ラージャヤータナ樹の看板には「仏陀は第七週目をここで瞑想して過ごされた。 瞑想の後、商人のTapussa と Bhallikaがライスケーキと蜂蜜を仏陀に供養した。 そして、仏陀に帰依し奉る、法に帰依し奉るとして、仏陀に帰依した。(この時には、僧に帰依し奉るはまだない)」とある。


ラージャヤータナ樹


瞑想する欧米人の修行僧

アクセス

今後の旅人のお役に立つことを願って、筆者の見学・参拝順にお話しし、アドバイスを述べる。

2008年2月16日17:00
New Delhi発 KOLKATA RJDHNI 2302 AC2-tier Sleeper(2A)  インド国鉄一番の豪華列車、食事付き
コンパートメントには年配夫婦、若い子連れの夫婦と筆者の6人。話が弾んでいくと、「パキスタンをどう思うか」と聞かれたが、結果的に「行ったことがないので分からない」と答えておいてよかった。もし、「良い国だ」とでも言ったら、大変なことになっていたことだろう。なにしろ、インドとパキスタンとは仲がわるいから。
17日 5:00
Gaya着 予定より30分遅れ
車内同室の人の息子がBodhgayaまで乗せていってくれるとのことで、家まで案内され、車を乗り換えBodhgayaまで行く。ところが、その息子は旅行社を経営していて、運賃としてしっかりRs.400取られた。 他に行きたい所があったら、電話して欲しいと、名刺をもらった。結局、商売だった。
Gaya駅からオートリクシャーならRs.100で行けると思ったが、まあ、中流階級の家に案内されたし、1960年代のクラシックカー アンバサダーのコレクションも見られたし良しとしよう。
6:30
 大菩提寺を参拝
8:00
 「ガイドしますよ」と、声を掛けられる。スジャータ村や留影窟に行きたいと聞くと、オートリクシャー代Rs.250で大丈夫とのこと。ガイド代はいくらと聞くとうやむやにされる。彼の名はムハンマド。日本語が話せるが、英語での会話にする。30分後には、日本語で話し始めたが。
9:00
 留影窟へ到着。布施はしないようにとの注意を受ける。
10:00
 苦行林、スジャータ村へ到着
11:30
 昼食を一緒に食べ、代金を払ってくれる。 これからRajgirへ行くと言うと、このオートリクシャーでRs2,000で行けると誘ってくる。バスで行くからと断ると、でこぼこ道なので半日かかるからやめた方がいいと言ってくる。午後1時にまた会って、その時に返事をすると、一端、分かれる。
その間に、ツーリストオフィスへ急いで行って、Rajgirまでの行き方と所要時間を尋ねると、Manpurバスターミナルからバスで2時間半ほどとの答え。
13:00
 ムハンマドさんと再会し、バスで行くことを告げると、了解し、知り合いのお土産屋に連れて行こうとする。 手を振り払って帰ろうとすると、ガイド代Rs.500を要求してくる。それは高すぎると言って、Rs.100だけ渡して帰ろうとしたら、Rs.500だと言いながら追ってくる。仕方なく、追銭Rs.100を渡して突っ走る。やっと振り払い、ホッと一息。そのままオートリクシャーでManpurバスターミナルへ向かう。運賃Rs.100。
13:30
 Manpurバスターミナルへ着いたが、とにかくバスと人とがひしめいている。(日本の整然としたターミナルを想像してはならない) どれに乗れば良いのかバスを指さして「Rajgir?」と聞くと、このバスに乗れと言われて乗ってみた。しかし、乗客は私一人。そのうちに、別の男が前のバスに乗れと誘うので乗り換え、しばらくすると発車した。
発車までの間、物乞いの女の手が窓の外から私の手を掴んでくる。必死に無視した。
16:00
 Rajgirのバス停到着

この日の教訓
●教訓としてガイド代を始めに交渉しておくべきだった。しかし、常套手段として「お気持ちで」と日本語で言うだろう。
●常に、小銭がすぐに出せるように、ポケットに入れておいたことが良かった。(お金は分散管理。財布など持たないこと)
●逃げ切れるよう、荷物は小さなディパック一個だけと機動力抜群だったのが良かった。
●バスは、満員になり次第出発するようだ。バスの車掌は歩合制のようで、自分のバスに乗せたがる。座って行きたいのなら後のバスの方がいいということらしい。
●政治的な話は御法度。

Google Mapから上記の位置関係を示す。


Gaya駅、大菩提寺などの全体地図


大菩提寺、スジャータ村、苦行林


苦行林


スジャータ村


前正覚山


大菩提寺

Google Mapで見ると


大きな地図で見る
マハーボディ寺院(大菩提寺)


大きな地図で見る
苦行林


大きな地図で見る
スジャータ村


大きな地図で見る
前正覚山

Ver.1 2009/06/14

このページの先頭へ